Aug15th

塩原温泉天皇の間記念公園

塩原温泉天皇の間記念公園

天皇の間記念公園は、明治、大正、昭和の三代にわたり、大正天皇、昭和天皇をはじめ高松宮殿下、三笠宮殿下など多くの皇族の方々が避暑地として訪れ、利用された「塩原御用邸」の「天皇の間」を昭和56年に現在の場所に原型のまま移築し保存してあるものです。

塩原温泉は雄大な自然と湯量豊富な良質の温泉とに恵まれた温泉郷で、古来より多くの人々に愛されてまいりました。
その塩原にはかつて皇室の別荘として「塩原御用邸」がおかれていました。皇室と塩原のかかわりは古く、その始まりは明治三十五年にさかのぼることができます。時の皇太子殿下のちの大正天皇には、塩原温泉に避暑のため行啓になられ、翌三十六年にも前年に続き行啓になられました。皇太子殿下には、塩原滞在中その自然、気候、温泉等を大変お好みになられ、そのため福渡の地に別荘を所有していた那須野が原開拓の祖 栃木県令三島通庸の嫡男三島弥太郎が、その別荘地献上を宮内省に願い出、明治三十七年に「塩原御用邸」が構えられました。

皇太子殿下には天皇となられてからも塩原の地を愛され、また貞明皇后をはじめ御幼少の昭和天皇、秩父宮殿下、高松宮殿下、御結婚前の香淳皇后をはじめ、多くの皇族方に塩原御用邸は御利用されてまいりました。特に澄宮と称された三笠宮崇仁親王殿下には、六歳の夏より十年間にわたり毎年夏の御利用があり、そのため塩原御用邸は「澄宮御殿」とも称されていました。戦前から戦時中には御幼少の今上陛下、常陸宮殿下が御利用になられ、戦局が悪化すると昭和天皇の皇女であられた孝宮、順宮、清宮の三内親王殿下が終戦の後までの一年余を疎開先として御利用になられました。

戦後御用邸は香淳皇后より「視力障害者の保護のため使用するよう」との思し召しをたまわり厚生省へ移管され、昭和二十二年には全国御巡幸中の昭和天皇、香淳皇后の行幸啓をたまわりました。昭和二十三年には国立塩原光明寮が開設され、同三十九年には、国立塩原視力障害センターと改名し、視力障害者の方たちの社会復帰施設となりました。
旧塩原御用邸の御座所は塩原の人たちから敬愛を込めて「天皇の間」と呼ばれ、昭和五十六年この地に移築公開され、「天皇の間記念公園」としてかつての皇室の別荘地としての往時を今に偲ばせています。

郵便 : 〒329-2921
住所 : 栃木県那須塩原市塩原1266番地113
電話 : 0287-32-4037
開館 : 午前9時から午後5時まで(ただし、12月1日から3月31日までの間は午前9時から午後4時30分まで)
休館 : 毎週水曜日(祝際日の場合は翌日、ただし7月20日から8月31日までは無休)
料金 :
【一般(中学生以下を除く)】1人につき200円
【小学生・中学生・65歳以上の高齢者・障害者】1人につき100円
【幼児(小学生就学前の者)】無料
20人以上の場合、団体割引があります。
市内在住の人は入園料が無料になります。その場合は窓口に運転免許証・健康保険証・そのほか住所と年齢がわかるものを提示してください(写真がないものでも可) 。